【転載】シャリーフ元首相の返り咲きあるのか?(来年2月8日に総選挙)

(小生が敬愛するパキスタン・ウォッチャーで、日本パキスタン協会会員の中野勝一さんが2024年2月8日のパキスタン総選挙関連で執筆されたものをご本人の許可を得て、一言一句変更なしに転載させていただきます)(本稿は2023年末に執筆されたものです)

今年(2023年)の8月9日、下院は任期を3日残して解散された。憲法の規定で下院と州議会が任期満了を待たずに解散された場合は、解散の日から90日以内に選挙を実施しなくてはならないことになっている。この憲法の規定があるにもかかわらず、下院選挙と下院より先に解散されたパンジャーブ州とハイバル・パフトゥンハー州(以下KP州)の州議会選挙は90日以内に実施されず、最終的には総選挙は来年2月8日に実施されることとなった。本稿では、それに至るまでの政局を振り返るとともに、総選挙と関連での注目点にも触れることとしたい。

下院・州議会選挙90日経っても実施されず 

 昨年(2022年)4月の首相不信任で失脚したイムラーン・ハーンPTI党首は政権復帰を目指し様々な戦略を展開したが、いずれも功を奏しなかった。そこで、PTIが政権を掌握しているパンジャーブとKPの両州議会を解散して、全国に解散風をふかし、シャハバーズ連立政権に総選挙実施を迫ろうとした。パンジャーブ州議会はPML-Nの抵抗にあったものの今年の1月14日に、KP州議会は18日にそれぞれ解散させることに成功した。選挙管理する両州の暫定州首相が任命され、暫定州内閣もそれぞれ発足し、両州議会は憲法が定める解散から90日の4月14日と18日以前にそれぞれ選挙を実施する体制は整ったところが、肝心の両州の知事はそれぞれの選挙日を発表しなかったため選挙管理委員会(以下選管)は、パンジャーブ州については4月9日と13日の間に、KP州については15日と17日の間に実施するよう両州知事に迫ったが、両州知事はこれに応じるところとはならなかった。困った選管は両州の選挙の10月8日への延期を発表せざるを得なかった。すると、最高裁は4月4日、この選挙の延期は違憲であるとして5月14日選挙実施を求める判決を下したが、シャハバーズ連立政権は最高裁の命令を実行する気はなく、司法府と行政府の対立を招いた。その間、与野党の話し合いも行われたが、決着せず、結局、両州議会の選挙は憲法の規定に基づく期限内には実施されなかった。下院については、解散後、バローチスターン州出身のアヌワルル・ハック・カーカル(Anwarul Haq Kakar)上院議員が8月14日に連邦の暫定首相に就任し、暫定内閣も発足したが、解散日から90日以内に選挙は実施されなかった。

イムラーン・ハーン前首相の逮捕と騒擾

昨年11月3日、イムラーン・ハーン前首相(当時)は総選挙の早期実施を求めてトラックでイスラマバードへ向けてロングマーチを率いていたところ、パンジャーブ州のワズィーラーバード(1)で銃撃され、脚を負傷した。狙撃した犯人はその場で逮捕されたが、イムラーン・ハーンは事件の翌日、事件は自分を暗殺する陰謀で、シャハバーズ首相、サナーウッーラ内務大臣、それと軍統合諜報局(ISI)のファイサル・ナスィール少将が関与したことを明らかにした。その後も再三にわたりソーシャルメディアなどを使って、この現役の軍高官を名指し非難した。これに堪忍袋の緒が切れたのか、軍は今年の5月8日に至り軍広報部の声明で、イムラーン・ハーンの非難は捏造され、悪意に満ちたもので、受け入れることはできず、法的措置も辞さないとして根拠のない非難をやめるよう警告した。

(注1)ラーホールの北約100キロの町。

そして、その翌日の5月9日にイムラーン・ハーンはイスラマバード高裁の構内でレンジャーズ(Rangers)(2)などの支援を受けた汚職取締局の係官によって逮捕された。容疑は土地の不正取得がらみの汚職の容疑(3)であった。すると、同日と翌10日、全国各地でPTI指導者、党員、支持者による抗議運動が勃発し、暴徒化した支持者などは公共の建物や施設を襲撃した。そして何よりも衝撃的であったのは、暴徒が陸軍の中枢というべきラーワルピンディーの陸軍司令部に押し入った事件とラーホール軍団長の官舎が襲撃を受け、放火されるという事件であった。このほか、ペシャーワル、ムルターン、ファイサラバード、サルゴーダなどの軍関連の施設も攻撃対象となり、その数は20か所に上ったという。これらの一連の暴動で24人が死亡、700人が負傷、3500人以上が逮捕された。パンジャーブとKPの両州、イスラマバードには軍隊が出動した。10日、軍広報部は、「イムラーン・ハーンが逮捕されるや組織的に軍の施設などが襲撃された。政治という衣をまとったグループが、過去75年間、敵すらできなかったようなことを引き起こしたのであり、この事件は暗黒の一章として記憶されるであろう」と、事件を強く非難する声明を発出した。また、シャハバーズ首相はイムラーン・ハーンとPTIを非難し、罪を犯した者は厳罰に処すると述べた。ただ、最高裁は11日、イムラーン・ハーン逮捕の方法は違法との判決を言い渡し、イムラーン・ハーンは翌日釈放された。

(注2)インドとの国境警備及び治安維持のために警察を支援することを任務とする準軍隊で。指揮官は陸軍の軍人。パンジャーブ州を管轄地域とするパンジャーブ・レンジャーズとスィンド州を管轄地域とするスィンド・レンジャーズがある。

(注3)イムラーン・ハーンは首相在任中、英国が差し押さえたパキスタンの不動産王の資産返還に際して便宜を図り、その見返りとして大学設立用の土地を不正に取得した疑いが持たれていた。

6月26日、軍広報部のチョウドリー部長は記者会見で、PTIを名指すことなく、5月9日の事件は間違いなくパキスタンに対する陰謀で、計画は数か月進んでいたと前置きした上で、軍の施設への攻撃を阻止できなかったとして軍高官3人(うち1人は中将)を免職に、15人の軍人(うち少将3人、准将7人)を懲戒処分にしたと明らかにした。同部長はこの処分は軍内部の公正な調査に基づくものであると強調したが、処分された軍人の氏名を明らかにはしなかった。また、注目すべきことに、退役した軍高官4人(大将2人、中将、少将各1人)の夫人や娘婿なども軍の取り調べを受けていることを明らかにした。処分を受けた軍高官、退役軍高官とその家族がPTI支持者か否かは明らかではないが、この記者会見を聞いたとき、筆者は以前、著名なジャーナリストが軍首脳のイムラーン・ハーンに対する処遇を快く思わないPTI支持者が軍内部にいるとのではないかと述べていたのを思い出した。

◆PTI関係者の離党と新党の結成

この5月9日事件はPTIのみならずその後の政局に大きな影響を及ぼしかねない事態を招くこととなった。ひとつは、同党関係者が多数離党したことであり、その数は100人以上に上ると報じられている。同党の党員、現職の議員だけでなくファアド・チョウドリーとフィルド-ス・アーシクの二人の元情報大臣、シーリーン・マザーリー元人権大臣といった閣僚経験者のほか、イムラーン・イスマーイール・前スィンド州知事、ウスマーン・ブズダール元パンジャーブ州首相など地方の要職にあった人物も含まれていた。また、事件直後は党の役職は辞任するが、PTIに残るとの意向を明らかにしていたアサド・ウマル書記長は11月11日に至り、PTIを去り政界から退くことを発表した。これらの離党が特定の圧力によるものか否かは定かではないが、彼らの多くは記者会見でイムラ—ン・ハーン逮捕直後のPTI党員や支持者による様々な施設に対する襲撃事件を糾弾し、そのことを離党の理由にあげた。もうひとつは、離党者の増加と軌を一にするかのように、PTI内でイムラーン・ハーンに不満を持つ議員グループを率いてきたジャハーンギール一・タリーン(4)が6月8日、パキスタン安定党(Istehkam-e-Pakistan Party:IPP)の結成を発表した。前述のチョウドリー元情報大臣など多くのPTI離党者がこの新党に加わった。続いて、7月17日にはパルヴェーズ・ハタックKP州支部長(前国防大臣、元KP州首相)が同州でパキスタン公正運動議員団(Pakistan Tehreek-e-Insaf Parliamentarians:PTI-P)なる新党を立ち上げた。

(注4)砂糖業界のドンでもあり、2018年の総選挙において資金面でイムラーン・ハーン政権誕生に大きく寄与したが、2020年に発生した砂糖価格急騰への関与が疑われ、それによってイムラーン・ハーンとの関係は悪化したと言われている。

 イムラーン・ハーンに対しては前述の汚職容疑のほかにも多くの訴訟が提起されているという。昨年10月21日、外国の要人よりの贈呈品の売却(5)について選管に提出する資産報告書に虚偽の記載をしたとして選挙管理委員会(以下選管)の命令によって彼は下院の議席を失うこととなった。さらに、選管はこの虚偽記載については汚職にあたるとして刑事訴追を進め、今年の8月5日に下級裁判所が3年の禁固刑の判決を言い渡し、イムラーン・ハーンはアトック(6)の刑務所に収監された。この判決を受け、選管は8日、イムラーン・ハーンに対し今後5年間は、連邦議員または州議会議員に選出される資格も議員として在職する資格もない(以下議員失格)という処分を発表した。それは、今後5年間は選挙には立候補できないことを意味した。この判決を不服としてイムラーン・ハーンはイスラマバード高裁に控訴し、29日に同裁判所は刑の執行の停止と保釈を命じた。ただ、秘密文書の内容を漏洩した容疑(7)で逮捕されたためアトック刑務所にとどめ置かれ、その後、同様の容疑で逮捕されていたクレーシー元外務大臣とともに身柄をラーワルピンディーのアディヤーラ刑務所(Adiala Jail)に移送された。

(注5)外国の要人より首相が受け取った贈呈品については一旦政府に収められるが、首相はそれを買い取って転売することが認められている。

 (注6)イスラマバード西方約80キロのパンジャーブ州の町。 

(注7)在米のパキスタン大使が国務省の要人との会談を記した電報を暴露した容疑で、cipher caseと呼ばれるもの。

シャリーフ元首相の帰国  

10月21日、シャリーフ元首相は遂にロンドンよりドバイ経由、イスラマバードに帰国した。4ぶりの帰国であった。PML-Nとしては来るべき総選挙で政権復帰を果たし、シャリーフの首相返り咲きを実現するためには、彼が帰国して選挙運動を主導することが必要不可欠であったことはいうまでもない。後述するようにシャリーフはあくまで受刑者の身であり、その保釈の期限もすぎていたので帰国すると身柄を拘束されるのは間違いなかった。そこで、PML-Nはそのような事態を避けるために裁判所に保釈請求を行った結果、それらが認められてシャリーフは問題もなく帰国することができたのである。 

シャリーフは2017年7月と2018年4月の最高裁の判決によって終生の議員失格を宣告された(8)。換言すれば、永久に下院議員、ひいては首相への道が閉ざされたのである。そこで、シャハバーズ政権は、今年の6月26日に2017年の選挙法(Elections Act、 2017)を改正して、憲法第62条1項(f)に基づき議員失格となった場合、その期間は最高裁などの判決などにもかかわらず、5年以下とするとした(セクション232の2項)。かつ、この改正の規定は第18次憲法改正法の施行日(2010年4月20日)に遡及して適用されるとされたのである。すなわち、シャリーフが前述のとおり終生の議員失格と宣告されたのは2018年4月であり、それからからすでに5年以上経過しているのでこの法律改正によって、シャリーフ議員失格は消滅しており、来るべき総選挙に立候補することが可能になったわけである。同じように議員失格を宣告された前述のIPPのタリーンも選挙に出馬できることになった。

(注8)2017年7月に最高裁は、シャリーフがUAE所在の会社の会長としての給与を2013年総選挙の立候補届け出の際に申告しなかったのは、議員は誠実でなくてはならないと定めた憲法第62条1項(f)に違反するとしてシャリーフを議員失格にした。ただ、議員失格の具体的な期間についての規定は憲法になかったので最高裁は2018年4月にその期間を終生とするとの判断を下した。

また、汚職裁判所はシャリーフに対し、 18年7月にロンドンで所有するアパートの購入資金をめぐる汚職の罪で禁固10年、同年12月にサウジアラビアでの製鉄所建設の資金をめぐる汚職の罪で禁固7年の有罪判決を言い渡し、シャリーフは刑務所に収監されたが、判決を不服としてイスラマバード高裁に控訴した。その後、イスラマバード高裁より4週間の保釈、そしてラーホール高裁より病気治療のための海外渡航が認められ、2019年11月19日、ロンドンに赴いた。しかし、4週間を過ぎても帰国せず、イスラマバード高裁の再三の出廷要請に応じなかったため控訴は取り消された。帰国後、シャリーフは、同高裁に前述の控訴の復活と審理再開を求めた。同高裁はこれを認め、11月29日と12月12日に前述の2018年の汚職裁判所のふたつの判決を破棄し、シャリーフを無罪とする判決を言い渡した。

以上述べたとおり、帰国後、シャリーフは選挙法の改正で議員失格を免れ、 一審判決でふたつ事案での汚職の罪で有罪判決を受けたが、控訴審で逆転勝訴し、首相への道を閉ざしていた障害を取り除いたのである。

◆総選挙は来年2月8日

 PTIなど各方面からの要求にもかかわらず、最新の人口調査の結果を踏まえた選挙区の画定作業が完了してないことなどを理由になかなか総選挙の投票日が決まらなかったが、最高裁の命令に基づき選管と大統領が協議を行い、11月2日に至り投票日を来年2月8日にすることが決定された。その後もKP州とバローチスターン州の一部地域ではテロによる治安の問題があることや2月は降雪で有権者が投票所に足を運ぶことは困難であるとか様々な理由をつけて総選挙は延期されるのではないかとの噂や憶測が絶えなかったが、選管が12月15日、立候補届出期間(12月20日~22日)をはじめとする投票日までの詳細なスケージュールを発表したことによって、このような懸念は払拭された。

 最後に、総選挙との関連で注目すべき点について述べたい。イムラーン・ハーンが選管の議員失格の処分につき高裁に異議を申し立て、審理中であることに加え、前述の通り秘密文書の内容を漏洩した容疑で逮捕され、彼は獄中にある。従って、来るべき総選挙に出馬できるか不透明な状況にある。5月9日の事件後、多くの党の指導者がPTIを離れ、他党に加わる者、政界を引退する者が出ていることは既に述べた。また、前述のタリーンの新党IPPの立ち上げはパンジャーブ州での選挙結果に少なからず影響が及ぼすことは避けられないとみられる。さらには、前回多数の議席を獲得した(9)KP州でも新党が結成されたが、どれだけPTIの議席を奪うか注目される。ただ、イムラーン・ハーンが選挙に出馬できなくともPTIの若者の中にある支持基盤は揺るがないとの見方もある。

(注9)PTIは30議席獲得した。

ついで、PML-Nはパンジャーブ州において、前述のタリーンの新党IPPと立候補者の調整で合意したと報じられているが、話し合いは必ずしも順調に進んではいない模様である。前回の下院選挙で1議席も獲得できなかったバローチスターン州での議席獲得を目指し11月14日、シャリーフ自らがクエッタに乗り込み、多数の政治家と面談し、その結果、30名近い政治家がPML-Nに入党したとの報道がある。また、スィンド州においても、PML-Nは同州の都市部、特にカラチにおいて議席獲得を目指し、MQM、スィンドの地方政党であるPML-Functional PML-F)やGrand Democratic Alliance(GDA)との選挙協力を模索している。他方、シャリーフの帰国は確かにプラス材料ではあるが、党の要職がシャリーフ一族で占められていることに党内には不満がくすぶっている。また、このような旧態依然の政治につき若い有権者を引き付けることは難しいのではないかとの見方もある。

 また、以前、シャリーフは2018年に自分を首相の座から引き下ろしたのはバージュワ陸軍参謀長、ファーイズ・ハミードISI長官、サーキブ・ニサールとアースィフ・コーサの二人の最高裁長官経験者であるとして原因の究明を求めるかのような発言を行っていたが、実弟のシャハバーズ前首相や党幹部の勧めもあってか、最近ではそのような強硬な発言は陰を潜め、経済が第一とのスローガンを掲げており、その発言には変化がみられる。他党はPML-Nと軍との間に何らかの取引があるのではないかと疑い、シャリーフを軍のお気に入りだとしている。

PPPは党首のビラーワル・ブットーなどが入閣し、シャハバーズ前連立政権の一翼を担ってきた。しかし、来るべき総選挙を控えビラーワルは各地の選挙集会などで、シャリーフがelectionではなくselection(軍の後押しで首相に選ばれることを指す)で4度目の首相を目指しているとか、シャリーフは行政府(暫定内閣を指すものとみられる)の支援を受けてではなく、イデオロギーで選挙を戦うべきだといったシャリーフ批判の発言を繰り返しており、PPPとPML-Nとの関係の悪化を招いている。なお、ビラーワルは、若者には国の将来の進路を描ける機会が与えられるべきであるとして、伝統的な政治にこだわる年配の政治家の引退を求める発言を選挙集会などで幾度となく繰り返し注目された。その若者とは自分のことで、有権者の一票で首相の座に座らせて欲しいという願望を述べたものと考えられる。

 以上の情勢に鑑みれば、PML-Nの政権奪還とシャリーフ元首相の首相への返り咲き(4度目の首相)の可能性は十分あるとみられる。ただ、その場合はPML-Nが1997年のように圧勝するか、それとも過半数の議席を獲得できなくとも第1党として連立政権を樹立することとなるのか、軍は果たしてどんな選挙結果を望んでいるのか、興味は尽きない。

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