(小生が敬愛するパキスタン・ウォッチャーで、日本パキスタン協会会員の中野勝一さんのパキスタン政治関連メモをご本人の許可を得て、一言一句変更なしに転載させていただきます。本稿は2024年3月13日に小生に共有していただきました。)
1.選管、SICへの留保議席の割り当てを認めず
先般の総選挙でPTIはその選挙シンボルを認められず、同党の候補者は無所属として立候補しましたが、多数が当選を果たしました(混乱を避けるため、以下彼らをPTI無所属当選者と表記します)。選挙の結果、無所属とし当選した候補者は下院で100名を超えていましたが、この中にはPTI無所属当選者に加え、当然のことながら、まったくPTIとは関係ない純粋な無所属当選者も含まれていると思われます。選管が無所属当選者を告示すると、PTI無所属当選者が2月21日、Sunni Ittehad Council(SIC)に入党しました。その数について、下院では後述の選管の判決文の中に、PTI指導者であるアリー・ザファルが86名と述べたとの記述がありますが、2月22日の選管の留保議席の当選者の告示を見ますと、SICの当選者(つまり、PTIの無所属当選者)が下院で81名(パンジャーブ州で50名、KP州31名)、ただし、選管でペンディングとなっていると書かれています。
下院の留保議席の定数は70で、その内訳は女性と非ムスリムの留保議席(以下留保議席)がそれぞれ60と10で、各党が一般議席で獲得した議席数に応じて各党に比例配分されることは何度もお知らせしたとおりです。この規定に従い選管は2月22日に女性留保議席40、23日に非ムスリム議席7の計47議席を、6政党に一般議席での獲得議席数に応じ比例配分して与えました。PML-Nが24議席、PPPが14議席、MQMが5議席、JUI-Fが2議席、PML-QとIPPが各々1議席の計47議席です。どの政党に割り当てるかが決まっていない留保議席は70マイナス47で、23議席となります。
SICは今回の総選挙には参加していませんので下院でも各州議会でも議席は有していませんでしたが、上述のとおりPTI無所属当選者が加入したことによって一挙に多数の議席を獲得したわけです。SICは選管に対し、上述の4つの議会において留保議席の割り当てを求めました。SICの主張を簡単にいえば、「無所属当選者は、いかなる政党(議会における議席の有無を問わない)に入党することができ、それによってその政党は議会で議席を持つこととなる。従って、その議席数に基づき比例配分によって留保議席を得る権利がある。仮に、SICに留保議席が分け当てられないなら、それを他の政党に与えることはできず、議会が憲法改正するまで、空席となる」というものでした。SICが求めている対象の留保議席は上述の23議席です。
他方、SICは留保議席のための優先順位を付したリストとともに立候補者の届け出を期限内に提出していないので留保議席獲得する資格はないとしてMQM、PPP、PML-Nなどがこの留保議席の割り当てを求め選管に訴えました。
選管はSICに留保議席を与えるか否かについての判断をなかなか示しませんでしたが、3月4日にSICの訴えを4対1の多数決で退けると同時に、決まっていない留保議席は空席のままにすることなく比例方式で政党に与えるとの1日付の判決を発表しました。その判決文の中で、「SICは選管に登録した政党であり、選挙シンボルも与えられたが、政党として選挙には参加せず、留保議席のための優先順位を付したリストも選管に提出しなかった。議席は選挙に参加し、議会の一般議席で勝った政党に与えられ、留保議席は比例方式に基づき与えられると憲法第51条6項に明確に述べられている。選挙を戦わずして単に無所属当選者が加わっただけの政党には留保議席を要求する権利は生じない」としています。なお、反対意見を表明した判事は、「SICには留保議席を求める資格はないが、残った23議席を他の政党に与えることは反対で、憲法が改正されるまで空席にしておくべき」と述べています。
この判決に基づき選管は3月4日、残った23議席をPML-Nに15議席、PPPに5議席、JUI-Fに3議席を配分しました。
主要政党の議席獲得数下記の表のとおりです。女性と非ムスリムの留保議席のカッコ内の数字はSICに与えられなかった23議席から比例配分で得た議席数です。なお、女性留保議席についてはこの表には表示されていませんが、PML-QとIPPが各々1議席得ています。
主要政党の議席獲得数(3月4日現在)
一般議席 | 無所属議員の入党者 | 女性留保議席 | 非ムスリム留保議席 | 計 | |
PML-N | 75 | 9 | 34(14) | 5(1) | 123 |
PPP | 54 | 16(4) | 3(1) | 73 | |
MQM | 17 | 4 | 1 | 22 | |
JUI-F | 6 | 4(2) | (1) | 11 |
(出所)パキスタン選挙管理委員会資料より作成
これを見て明らかなように、PML-Nが第1党となりました。一部新聞はSIC,つまりPTIは82議席を獲得したと報じていますが、3月4日の選管の告示では、SICの議席は表示されていません。そこで、無所属の欄を見ますと89議席となっています。前述のとおり2月の時点では81議席がペンディングとなっていましたので、おそらく、SICの議席(PTI無所属当選者)数81は無所属として計上されていると思われます。
2.大統領選挙でザルダーリーが当選
3月9日、大統領選挙が行われ、PML-Nなど9党が推すPPPのアースィフ・ザルダーリーがPTIなどの野党候補アチャクザイ(注)を大差で破って当選し、翌10日に第14代大統領として就任しました。ザルダーリーはムシャッラフ大統領辞任後の2008年9月から5年間大統領を務めていますので、今回が2回目の大統領就任です。パキスタンでは初めてのことだそうです。
(注)バローチスターン州を地盤とするパシュトゥーン民族主義者の政党
Pashtun Khwa Milli Awami Party(PkMAP)の党首。同党は今回の下院の選挙では、バローチスターン州の一般議席で1議席獲得しました。
パキスタンでは大統領は国家の統一を象徴する国家元首と憲法は定めています(第41条1項)。大統領の要件は、45歳以上であること、ムスリムであること、下院議員に選出される資格を有することの3つです(同条2項)。任期は5年で、連続して2期を超えて務めることはできません(第44条3項)。大統領は国民の直選挙ではなく、上下両院と4州の州議会議員により選ばれますが(同条3項)、候補者の得票数の算出方法がちょっと複雑です。
まず、上下両院とバローチスターン州議会では、議員が投じた票数がそのまま候補者の得票数となります。問題は州議会です。下院と同様に州の人口数に応じその州議会の議席数が定められています。一番多いのがパンジャーブ州で371、一番少ないのがバローチスターン州で65です。従って、立候補者がバローチスターン州で1票も取れなくても、パンジャーブ州で多数の票を取れれば、有利となりますので各州の票数をバローチターン州議席数と同じの65にするためにこのような複雑な算出方法となったわけです。
具体的な各州での候補者の得票数の算出方法は次の通りです(憲法附則2のパラ18(1)と(2))。州議会では各候補者に投じられた票数に、最も少ない州議会の議席数(現在はバローチスターン州議会の65)を掛け、その州議会の議席数で割り、その数字が候補者のその州議会での得票数となります(端数の場合は四捨五入)。例えば、パンジャーブ州議会である候補に対し、180名の議員が投票したとしますと、これに65を掛け、同州議会の議席数371で割りますと、31.5となり、四捨五入して32です。つまり、パンジャーブでのこの候補の得票数は32というわけです。
3月10日に選管が発表した大統領選挙結果によりますと、興味深いことにアチャクザイ候補はバローチスターン州では得票数がゼロ、KP州での得票数は41で、ザルダーリー候補の得票数8を大きく上回っています。