(小生が敬愛するパキスタン・ウォッチャーで、日本パキスタン協会会員の中野勝一さんのパキスタン政治関連メモをご本人の許可を得て、一言一句変更なしに転載させていただきます。本稿は2024年7月23日に小生に共有していただきました。)
1.米国下院のパキスタンに関する決議
去る6月25日、米国の下院は、パキスタンの民主主義と人権支持表明と題し、民主主義に参画するパキスタン国民に対する抑圧とパキスタンの政治、選挙、司法のプロセスを壊す企図を非難するとともに、今年2月のパキスタンの選挙について、干渉しくは不正があったとの主張を十分にかつ独立した調査を促すとの決議を368対7の多数決で採択しました。この決議に対するパキスタン側の反応は、まず翌日、パキスタン外務省報道官が、この決議がパキスタンの情勢とその選挙プセスについての理解不足によるものであるとし、決議は建設的でも客観的なものではないと述べました。下院、ハージャ・アースィフ国防大臣が米国の内政干渉あると非難しました。
米国の議会がパキスタンの選挙についてこのような圧倒的な賛成多数で可決されたことに驚きました。パキスタン政府によれば、イムラーン・ハーンが2022年に下野して以来PTIは米国で多額の資金を使い米国の会社を雇ってロビー活動を行ってきたということですが、PTIのロビー活動だけでこんな大差で決議が可決されるようなことはあるのでしょうか。第3国の反パキスタンのロビー活動もあったのではないかと疑わざるを得ません。
さらに、ジュネーブに本部を置く国連の独断的身柄拘束に関するワーキンググループ(UN Working Group on Arbitrary Detention)が7月1日、イムラーン・ハーンの身柄拘束は国際法に違反し、早急に釈放すべしとの意見を明らかにしました。
2.留保議席に関する最高裁判決
去る7月12日、最高裁は8対5の多数決で、問題となっていた女性と非ムスリムの留保議席(以下留保議席)をPTIに割り当てることを命じる判決を下しました。この判決を受けて、今後所要の手続きが行われ下院における政党の獲得議席数が決定します。7月13日付ドーン紙は、PTIが114議席で第1党となると報じています(PML-Nは108、PPPは68、MQMは21)。ただ、政権与党は3分の2の議席を下回ることとなり、単独で憲法改正はできなくなりますが、依然として単独過半数を制していますので政権の交代は起こりません。
本件については、既にお知らせしたことと一部重複しますが、本件訴訟の経緯を述べます。そもそものことの発端は、昨年12月22日、選管が同月2日のPTIの党役員選挙を無効と断定し、PTIは選挙シンボルを得る資格はないと決定したことです。この結果、今年の2月8日の総選挙ではPTIの候補者は無所属で立候補せざるを得なくなりました。選挙ではこのような無所属議員が多数当選し、下院と州議会で留保議席を得るためにSunni Ittihad Council(SIC)という弱小の宗教政党に入党しました。SICは選挙には参加しませんでしたので誰も同党からは当選者はいませんでした。ところが、多数の(PTI)の無所属当選者を得たSICは選管に留保議席の割り当てを求めました。今年の3月1日に選管は同党にはその資格はないとして、この要求を拒否し、これらの留保議席をPML-N、PPPなどの他党に与えました。SICはペシャーワル高裁に訴えましたが、同高裁は選管の命令を支持し、訴えは退けられました。SICは4月2日、最高裁に控訴し、最高裁は13名の判事全員の下で6月3日から7月9日まで審理し、12日に前述の判決を下しました。
判決文を読んで上で、その内容を素人なりに解釈すれば次のとおりとなると思います。「選管がSICの求めていた留保議席を他の党に与えたのは憲法の権限を越えるもので、それを支持したペシャーワル高裁の判決は無効である。政党は選挙シンボルの有無にかかわらず立候補者を立てて選挙に参加する権利があり、選管がPTIを政党と認めず同党の立候補者を無所属としたが、選管にはそのような権限はない。PTIは今回の選挙で議席を獲得しており、憲法第51条6項(d)と(e)が言う意味での政党である。従って、同党は留保議席の割り当てを受ける資格がある」。
今回のPTI支持の判決について1点指摘したいと思います。本件訴訟において、留保議席の割り当てを求めていたのはSICであって、PTIはそのようなことを求めていたものではありませんでした。それなのに、最高裁がPTIには留保議席を得る資格があるとする極めてPTIよりの判決を下しました。最高裁の中にPTIシンパの判事がいるか定かではありませんが、判決の意味するところは、このような判決を出すことによって、これまでイムラーン・ハーンとPTIを選挙から排除しようとする軍や政府などから圧力受けてきた司法がその圧力を押し返したといえるのではないでしょうか。いずれにせよ今回の判決はPTIにとっては大きな法的勝利でした。メディアも法曹界なども今回の判決を歓迎しています。